第86回例会報告


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日時:2006年3月25日(土)13:00〜17:00
会場:愛知芸術文化センターアートスペースE F室

【第一部 研究発表(卒業論文発表)】

司会:浅野隆(金城学院大学) 旗野十一郎書誌学的研究:浅野麻衣(名古屋音楽大学)
教育現場における歌の音楽的特質について〜「卒業ソング」を中心に〜:松本亜由子(愛知教育大学)
S.ラフマニノフのピアノソナタ第2番と「鐘」の主題:佐竹真理子(金城学院大学)
3歳児の音楽行動の特徴〜安城市立赤松保育園の子供達の日常の観察から:鶴田香織(名古屋芸術大学)

【修士論文発表】

司会:新山王政和(愛知教育大学) YUBAメソッドの幼児向け教材を用いた発声指導が、保育園児の声域に与える影響:木岡尚美(三重大学大学院)
YUBAメソッドによる換声点ショックの改善に関する検証:馮芳(三重大学大学院)
顔の表情が歌唱の印象に及ぼす影響:橋本美幸(三重大学大学院)
ヨハンネス・ティンクトリス著<手の注釈 Expositio manus>の研究:山口真季子(愛知県立芸術大学大学院)

【第二部 シンポジウム「韓国の音楽教育の現状」】

基調講演とオカリナ実演:パクボンギュウ氏(Park Bong Gyu 韓国オカリナ音楽協会理事長)
シンポジウム:コーディネーター/司会:加藤いつみ(名古屋市立大学)、パネリスト:パクボンギュウ、佐々木晴代(名古屋市立大学大学院人間文化研究科)

 

【卒業論文】

■発表要旨

旗野十一郎の書誌学的研究

浅野麻衣(名古屋音楽大学)

旗野十一郎(はたのたりひこ1850〜1908)は、東京音楽学校(現在の東京藝術大学)の国語教師を務めていた国文学者、軍歌唱歌作詞家である。旗野は現在では「港」の作詞者として名を残す程度で、ほとんど忘れ去られている。また、過去において、旗野の音楽関係の著作、作詞作品にはどんなものがあるのかを明らかにした文献も、一件も見つからなかった。しかし、彼は故郷の新潟県では、保田小学校初代校長を務め、上京し、陸軍参謀本部、文部省唱歌伝習所に勤務した後、1892年からは、東京音楽学校の国語教師として教壇に立ち、「港」を始め数々の明治唱歌の作詞も手がけている。多才な人であり、当時の音楽界においても高く評価されていたため、興味を持った。

そこで、本論文では、旗野の音楽関係の著作、作詞作曲にはどんなものがあるのかを明らかにする事を目的にした。そのために、旗野の作詞作品、音楽関係の著作を、旗野が活躍していたと想像される明治26年から明治41年に出版された刊行物、音楽関係の雑誌から探し出した。合わせて、旗野に対する評価になると考え、旗野の作品が演奏された演奏会や、旗野に関する記述も探し出した。

旗野の作詞作品には、@東京音楽学校の同僚の作曲家を中心として、同年代の日本人の作品に歌詞をつけたもの、Aもしくは彼らが旗野の作品に曲をつけたもの、B外国の作曲家の作品、もしくは外国の民謡に歌詞をつけたもの、C外国の作曲家の作品、もしくは外国の民謡を訳詞したものの4種類がある。刊行物掲載の作詞作品には、1冊全曲手がけたものと、他の人が編集した唱歌集などに収録されたものとがある。@やAには、小山作之助、田村虎藏、鈴木米次郎、山田源一郎、納所辨次郎など、近代日本を代表する作曲家の名が見られる。代表的な作品は「港」、「川中島」などである。Bには、ハイドンの弦楽四重奏曲<皇帝>を始めとして、原曲とは全く関係のない日本語の歌詞を付けたものがある。Cには、ルビンシュタインの二重唱曲「旅人の夜の歌」や、ドイツ民謡「もみの木」などがある。

刊行物(52冊の唱歌集)に掲載された作詞作品は246曲で、重複している作品を省くと241曲で、著作は1作である。音楽関係の雑誌(音樂雑誌、音樂遊戯界、音樂新報、音樂之友の4種類)に掲載された作詞作品は44曲で、刊行物に掲載された作品と重複している作品を省くと39曲で、著作は4作である。合わせて280曲の作詞作品と5作の著作が存在するが、所在不明なものもあるため、まだ多数存在すると考えられる。

そしてそれらの曲や、今述べた中に含まれていない、未収録のものや所在不明の作品は、旗野存命中では35回の演奏会において、58曲が93回演奏された。

旗野に対する記述は、「音樂雑誌」に掲載された「唱歌音樂の改良」を始め、全部で12件見つかった。

今後は作詞作品の分析、文学関係の書籍や一般雑誌に掲載されている作詞作品の調査、彼が後世に与えた影響などを課題としていきたい。

 

教育現場における歌の音楽的特質について〜卒業ソングを中心に〜

松本亜由子(愛知教育大学)

[研究の概要]

近年よく「卒業ソング」という言葉を耳にする。「卒業ソング」には従来の斉唱/合唱曲だけでなく、最近のJ-POPの楽曲なども含まれているのにも関わらず、一聴してある種の音楽的共通性を感じさせるものが多い。様式の異なる楽曲同士が「卒業ソング」というひとつのジャンルを形成していることは注目されよう。そこで本論では、卒業式とその場でうたわれる歌の関係および楽曲構造を考察することで、「卒業ソング」というジャンルが成立した背景を明らかにする。そして、教育現場でうたわれる歌の音楽的特質をとらえたい。

まず行事と音楽が密接な関係を持つことを述べ、卒業式とうたう活動について歴史を追って考察した(第1章)。次に「卒業ソング」を定義づけるとともに楽曲の分類を行い、どのような音楽が寄り集まって「卒業ソング」というジャンルを成り立たせているのかを考察した(第2章)。結果、卒業式でうたわれる歌には時代ごとの思想が反映されており、それゆえ現在までに、「オリジナル型」「応用型」「ポピュラー型」といった、音楽様式における広がりを見せていることが分かった。

さらに「卒業ソング」を、先に行った3つの分類にしたがって音楽要素の面から分類にしたがって音楽要素の面から分析し(第3章)、それをもとに「卒業ソング」の楽曲構造および歌詞における特徴や傾向について整理した(第4章)。ここでは「卒業ソング」という音楽における一貫性が、音楽の構成要素の持つ力ゆえに形成されたということが分かった。そして、「卒業ソング」によって卒業式をどういったものにしたいのかという、うたわせる側の教育的配慮をうかがうことができた。また、日本の教育音楽が私たちに与えた影響の強さを感じる事ができた。「卒業ソング」は、私たち日本人にとって大きな存在として、世代を超えて好まれている。こういった現象が、音楽の様式の壁を越えた日本固有のジャンルを作り上げたのである。

 

S.ラフマニノフのピアノソナタ第2番と「鐘」の主題

佐竹真理子(金城学院大学)

S.ラフマニノフは生涯にわたって「鐘」の音を音楽に盛り込んだ作曲家である。彼ほど鐘の音にこだわり、好んで作品に用いた作曲家はいないと思われる。代表作には「幻想小曲集作品3」の第2番、「前奏曲“鐘”」、「ピアノ協奏曲第2番」の冒頭の主題等があげられるが、もうひとつ、演奏される機会はあまりないが、「鐘?独唱、合唱と管弦楽のための詞曲」が上げられる。本論文ではこの曲の作曲の過程において、また、エドガーアランポーの詩との関係において、この「鐘」のもつ彼の創作の原点がどのようなものであったかを明らかにし、さらにほぼ同時期に作曲した「ピアノソナタ第2番」への影響を考察した。

「合唱交詩曲“鐘”」の発想はエドガーアランポーの詩「鐘」との出会いに始まる。一通りこの詩を読んだ瞬間、ラフマニノフは合唱とオーケストラのための交響詩の形を圧倒的な力で想像した。これはまさに彼が模索してきた「人生の四季を取り上げた壮大な詩」そのものであった。それは彼の人生哲学を詩のイメージに反映させただけではなく、長い間波に取り付いていた「鐘」の音を表現するための決定的な機会となり、重厚なオーケストラに3人のソリストと合唱を加えた「鐘」は最も野心的な作品となった。4節からなるポーの詩は人生の時期と結びつけており、第1節の銀の馬車の鐘は誕生と青春を、第2節の金の鐘は結婚を、第3節から第4節の銅の鐘は恐怖、不安、そして人生の地上での最後の儀式、葬式の鐘を表している。そしてラフマニノフは詩の後世通り、4楽章からなる交詩曲に仕立てた。ここで楽曲を分析的に考察すると、下降音形と死への予感を思わせる悲劇性が共通して窺い知る事ができる。

「ピアノソナタ第2番」の構成は特徴的で、3つの楽章に分かれるが各楽章に終始線はなく、音型、テーマが3つの楽章間で強力な関連性を持たせている。第1楽章はリズミカルな印象的テーマで始まり、3小節目に現れる半音下降の3度(E-F-Es)は、第3楽章に至るまで様々な場面に登場。ラフマニノフ自身がつけたと思われるテヌートの表示が特定の意味づけを思わしめる。この表現は交詩曲においてはもっと印象的なフレーズになっている。むせび泣く心の動き、懇願するような状況は“死への恐怖”を鮮明にしている。ピアノソナタ第2番主題で出てくるDes Durの響きにもう一つの要素が加わる。それは結婚の鐘である。恐怖におびえる鐘ではなく、ゆっくりと鳴らされ、町中に響きわたる教会の鐘を想起させる。これは合唱交詩曲第2楽章の31から33の部分で弦楽器が奏でるフレーズがピアノソナタ第2番の第2主題46小節のフレーズと酷似していることからもうかがえる。第2楽章はレクイエムで、まさに「Dies irae」の葬式の鐘である。後に何回か現れる下降音型が拍子を変えながら第3楽章の死の恐怖を予感させる。第3楽章で死への恐怖が確実なものとなり、突如激しい怒りのアレグロモルトffの下降音型が爆発するのである。

S.ラフマニノフは生涯最も“死”に向き合った作曲家ではなかったかと思う。彼の作品を演奏するに際して念頭に置くべきキーワードは“鐘の音”と“死”の二つだと考える。全作品とまでは言わないが、ほとんどの作品に何らかの形で表現されているに違いない。彼の想いをどれだけ感じ取り、どれだけ表現できるかが重要であると考える。

 

3歳児の音楽行動の特徴〜安城市立赤松保育園の子どもたちの日常の観察から〜

鶴田香織(名古屋芸術大学)

研究の目的/方法

私がこの研究をするにいたったのは、幼い子どもに音楽を教える立場に立ったときに、どのように音楽を教えていくべきなのかと、指導法にとても悩んだ事がきっかけである。この研究を通して、幼児が日常生活の中でどのように音楽をしているのか、音楽教育者として幼児にどのような音楽教育を行うべきなのかを考えたい。

研究の方法は、安城市立赤松保育園に6月22日〜10月14日までの計21日間にわたって出向いて、3歳児クラスの子どもたちの日常生活に見られる音楽行動をそれが起こった状況と共に、ビデオカメラと記述によって記録するというものである。観察された音楽行動は、藤田等の先行研究の子どもの音楽行動の見方と分類法に基づいて分析を行い、3歳児の園生活の中に現れる子どもたちの音楽行動の性質を明らかにしたい。

研究の結果

私は、これまで、幼児は耳に入ってくる音楽を模倣して、歌や音楽を学び、歌ったり、演じたりできるようになると考えていた。したがって、さまざまな音楽を豊富に与える事が、子どもたちの音楽性を育むために肝要と考えていた。しかし、この研究を通して、その考えが全く間違いであったことを知る事になった。子どもたちは、日々の生活の中で、周囲の環境と関わって、実に主体的に言葉を唱え、言葉に合わせて、リズミカルな動作を創り出していた。このことは、「保育者が与えた音楽行動」の総数が112回であるのに対して、「園児たちが持ち出した音楽行動」の総数が310回にも及んだことに明らかである。出現した音楽行動の種類も実に豊富で、表現豊かな音楽行動が数多く見られた。「保育者が与えた音楽行動」を含めたすべての音楽行動の項目の中で、出現した種類と回数共に極めて多かったのは、園児が持ち出した音楽行動の中の「言葉をリズミカルに唱える」で100種類、131回にも及んだ。

観察された子どもたちの音楽行動は、子どもたちの心身の発達と深く関わっている事が認められた。たとえば、3、4歳児に特徴的である友だちとの相互交渉の深まりや競争心の芽生えと関わって「いーれーて」や「いちばーん」といったリズミカルな言葉のやりとりが頻繁に現れた。

観察の中で子どもたちが替え歌を歌いだす場面がかなりの数見られた。そしてそれらすべてが本歌のフレーズに呼吸を合わせ、拍節単位の言葉を入れ替えて自由に替え歌を作り出すものであった。この研究を通して日本の子どもたちが、日本語で音楽を学び、作っていることを実感することができた

 

【修士論文】

YUBAメソッドの幼児向け教材を用いた発声指導が、保育園児の声域に与える影響

木岡尚美(三重大学大学院)

幼稚園、保育園では歌唱活動が頻繁にあり、子どもたちは楽しく元気良く歌っている。しかし、多くの場合発声に関する指導が行われていないため、子ども達は大声を張り上げているだけで、音程もほとんどつかない平板な歌唱になってしまっている。子どもの表現力をのばすために歌唱活動が取り入れられているのにもかかわらず、発声法を身につけていないために音楽的表現が制約されてしまっている現実がある。

幼児期の子ども達に発声指導が行われていない理由として、子ども向けの発声練習方法や指導法がないことが挙げられる。また、子どもの歌唱能力は指導や経験によって伸びることが言われているが、その方法に関する先行研究はほとんどない。

幼児期の歌唱体験を豊かなものにするために本研究においては、生理機能的研究から作られたYUBAメソッドの理論を基に、幼児期の子ども達の発達や興味に合うよう作成された教材が、幼児の声域に与える影響について検証することにした。

第1章では、幼児教育で求められている歌唱能力や発声法について、幼稚園教育要領や保育所保有指針、幼児教育指導書、先行研究などを基に述べた。第2章ではYUBAメソッドの幼児向け教材が、幼児の発声教育に求められている内容であるか、また幼児期の発達段階や興味にあった内容であるかを論じた。

第3章ではYUBAメソッドの幼児向け教材によって幼児の声域がどの程度拡大するか、実験を行い検証した。津市にある保育所にて年長組の幼児35名(平均5.8歳±0.26)にYUBAメソッドの幼児向け教材を用いた発声指導を20日間行った。その中から欠席数が少なく被験児となりうる17名(平均5.8歳±0.25)に、指導前、指導開始後1週間目、2週間目、3週間目、指導終了後の5回、声域測定調査を行った。その結果、声域の最高音が飛躍的に伸び、指導前は平均9.8半音だった声域半音数が指導後は15.6半音にまで広がった。母平均の差の検定(t検定)を行ったところ、有意水準α(0.005)に対する棄却域はt≧2.9208であるので、高音方向の伸び(t=7.1507)と声域半音数(t=6.6046)は有意に成長したといえる。

第4章では考察及び結論を述べた。YUBAメソッドの幼児向け教材によって裏声歌唱が可能になったことが、声域が広がった主要因だと考えられる。指導前に換声点周辺を境に高音が出なかった被験児に対する効果は、特に顕著であった。YUBAメソッドの幼児向け教材が、幼児期の子どもの声域の拡張に有効であることが証明された。

 

YUBAメソッドによる換声点ショックの改善に関する検証

馮芳(三重大学大学院)

筆者は大学院に入学する前、8年間中国で小学校教員として児童に歌唱指導を行ってきた。歌唱指導時に、換声点で発生状態が不安定になり音が外れる児童が多く、解決のために色々な発声指導を試みたが、この問題を克服することはできなかった。

2002年4月、この問題を抱え、三重大学教育学部音楽教育講座の弓場徹教授のもとで、YUBAメソッドの研究を始めた。弓場徹は、自身が開発したYUBAメソッドを用いて、裏声と表声を融合し換声点ショックを改善できると主張している。筆者はそのメソッドが有効であれば長年の問題が解決できると考え、本研究で実践を通じて検証することにした。

第1章では、換声点の定義、換声点の定義、換声点と声区の関係、および換声点ショックとその発声メカニズムについて論じ、生理機能の視点から、二声区の理論の正当性と換声点が一つであることを論じた。

第2章では、YUBAメソッドにおける声区分離と声区融合のための発声方法、及び本実験方法とその結果を述べた。実験前に被験者の換声点ショックの度合いを診断し、YUBAメソッドの訓練法を用いて指導を行った。指導後に再度換声点ショックの度合いを診断し、指導前後の換声点ショックの度合いを比較検討した。被験者5人全員の換声店ショックが改善されたという結果が出た。

第3章では、YUBAメソッドを用いた指導により換声点ショックが改善できるという結論。神経支配の系統も異なる輪状甲状筋と閉鎖筋群はほぼ拮抗筋と位置づけることができる。このため、指導前の5名の被験者の唱歌においては、拮抗した筋肉の働きによって換声点ショックが生じていたと考えられる。YUBAメソッドを用いた筆者の指導により、これらの筋肉が協調して働くようになったことが換声点ショックの改善に結びついたと考える。

 

顔の表情が歌唱の印象に及ぼす影響

橋本美幸(三重大学大学院)

筆者は、歌唱時に伝えたい内容が視聴者に的確に伝わらないと感じることが多くあった。歌唱活動の際、とても楽しく歌っているつもりでも、「楽しんで歌えてない」と言われることがあったという経験から、歌唱時意図することを的確に他者に伝えるためには、聴覚的表現のみならず視覚的表現が重要だと考えた。このような背景から、歌唱表現における視覚的表現(顔の表情)が歌唱の印象に及ぼす影響を実験により検証しようと考えるに至った。

第1章では、演奏時の視覚的情報が音楽の印象に与える影響や日常コミュニケーションにおける顔の表情の役割に関する先行研究について述べた。

第2章では、顔の表情で歌唱の印象が変わるという仮説を立て実験を行い、その結果について述べた。実験は、「悲しい」「楽しい」「中庸」の顔写真、2種類の歌唱(悲しい歌唱、楽しい歌唱)を全て組み合わせ6つの実験材料を作成し、それらをさらに全て組み合わせ15対の比較材料を作成し、一対比較法でこれらの印象を被験者に評定してもらった。結果、顔の表情と歌唱の内容が不一致な場合、顔の表情が優位に影響すること、また歌唱の内容が最も的確に伝わった組み合わせは、顔の表情と歌唱の内容が一致したものであったということがわかった。

第3章では、考察及び結論を述べた。顔の表情と歌唱の内容が不一致な場合、聴覚的情報よりも視覚的情報の方が視聴者にとって明確に判断できるため、顔の表情の方が曲の情報よりも大きく歌唱の印象に影響したと考えられる。顔の表情と歌唱の内容が一致の場合、双方の情報が互いに影響し合って、より歌唱の内容を明確に表出していると考えられる。

本研究において、歌唱時視覚的情報(顔の表情)の方が聴覚的情報に対してより大きな影響を与える傾向がある、ということが明らかになった。

 

シューベルトの後期ソナタにおける主題と調性

山口真季子(愛知県立芸術大学大学院)

フランツシューベルト(1797−1828)は、生涯に渡ってソナタ作品に精力的に取り組んだ。その中のいくつかは生前から演奏され、出版されている。にもかかわらず、シューベルトのソナタ作品の多くは時代を経て再発見され、一般に演奏で取り上げられるのはさらに後のこととなった。またシューベルトが器楽曲においても優れた作曲家であったのだという認識に対する反論も長らく存在した。シューベルトのソナタ形式をベートーヴェンのソナタ形式から判断するのではなく、ベートーヴェンとは違った角度で捉われるという姿勢が生まれたことは、シューベルトのソナタ形式における革新性が明らかにされるようになった一因といえるだろう。

「3調提示部」と呼ばれる手法は、シューベルトのソナタ形式における様々な特徴の中でも革新性の強いものである。第2主題部を開始する調と閉じる調が異なることによって提示部に3つの調が存在するというこの手法は、主調と属調の間に第3の調が入り込むことによってその対極性を弱める。シューベルトはこの手法を特に後期作品において多く用いており、シューベルトの調性面における特徴がこの手法に凝縮されているということができる。

3調提示部は、その革新的な性格からこれまでも多くの研究でも取り上げられている。主調と属調の間に入り込んだ第3の調が主調や属調とどのような関係にあるか、第3の調領域の規模はどれだけであるか、推移での和音進行はどのように解釈することができるか、といった調性面からの分析は綿密に行われてきた。しかし第3の調が主調にとってどれほど遠隔な調であるか、その調にいたるプロセスがどれだけ複雑であるかといった点からだけではシューベルトの3調提示部による作品全てに当てはまるような独自性は見出せない。また後期における調性面の様々な特徴は、主題の性格とその展開により深く結びついていると思われ、3調提示部を調性面からだけでなく主題との関わりから考える必要性を感じた。

本研究は、先行研究の比較を通じてシューベルトの3調提示部を調性面からのみ検討することの限界を示し、シューベルトの3調提示部の独自性は主題との関連の中でこそ見出せることを明らかにしようとしたものである。

第1章では3調提示部について論じる前に、シューベルトが特に後期において3調提示部を用いるようになった背景としてソナタ作品に見られる音楽様式の変遷をたどり、主題や調性の面に見られるシューベルトの特徴を示した。続いて第2章で、シューベルトの3調提示部について、調性面だけでなく主題の持つ性格やその展開との関わりの中で考えることによって初めてその独自性を見出すことができるということを示し、それに基づいてシューベルトの3調提示部による個々の作品を見直した。

本研究の焦点となる第2章では、まず3調提示部に関する先行研究の中からジェームズ・ウェブスターとチャールズ・ローゼンの二人の見解に注目する。シューベルトの最後の室内楽曲、弦楽五重奏曲ハ長調D956(1828)に対する双方の分析を比較し、調性面からのみのアプローチではシューベルトの3調提示部を説明しきれないことを示した。その上でシューベルトの主題とその展開法に3調提示部を用いる新たな意義を指摘し、この定義づけに対して3調提示部を用いた作品が第3の調のあり方に関わらずあてはまることを示した。またこのような観点から3調提示部を主題との関係において見直すことによって、第3の調の調性感が第2主題部における主題フレーズの長さや第1主題の調性感に影響を及ぼしていることがわかり、第3の調を要として提示部全体の調和が図られていることが明らかとなる。

シューベルトの3調提示部について、調性面からだけではこの手法を用いた作品全てを説明することはできない。シューベルトのソナタ形式を時期的な変遷の中で見ることによって、主題の性格が単純なものから複雑なものへと変化していく過程に比例して、シューベルトの調性面における特徴もより大胆なものへと拡大していることが分かる。こうした主題と調性の関係を背景に3調提示部を主題との関わりにおいて見直すことで、シューベルトの3調提示部がソナタ形式における調性的な拡大として機能するだけでなく、主題とその展開に重要な役割を担っていることが明らかとなる。このことは、3調提示部による作品の個々の調性的な違いを超えて、シューベルトの3調提示部の意義を見出すことを可能にし、シューベルト以前の作品に見られる3つの調を持つ提示部とは性質の異なるものであることを示している。

 

【シンポジウム】

韓国の音楽教育の現状〜学校での音楽教育・オカリナ学習〜

加藤いつみ(名古屋市立大学)

今回のシンポジウムでは、3人の報告書から日韓の学校での音楽教育及びオカリナ教育の実態についての報告がなされた。報告の順に沿ってその内容を紹介してみよう。

@ソウル郊外のハンウォン女子中学校の音楽教師キム・ドヨン氏から韓国の学校での音楽教育の実態報告。

A子供のオカリナ学習を研究している佐々木晴代氏から日本の小学校の部活動でのオカリナを実践した報告。

B韓国オカリナ界の第1人者パク・ボン・ギュウ氏から韓国のオカリナ学習者の実態報告。

最初のキム・ドヨン氏の発表は、1.韓国の音楽教育課程と授業時間、2.歌唱、器楽、創作、鑑賞の授業の進め方についての報告であった。それによると音楽教育課程の内容は、「理解」「活動」の2領域に分けられており、「理解」は、リズム・メロディー・和声・テンポ・強弱・音色等の理論的な学習が含まれ、「活動」は歌・器楽合奏・創作・音楽鑑賞等、の実技的な内容が含まれている。音楽教育課程は次の4つの指導目標が定められている。@「理解」と「活動」の内容に関連性があること、A伝統音楽の文化継承のための”国楽”を重視すること、B「活動」中心の音楽教育であること、C創造力をつけるための音楽教育であること、である。”国楽”教育重視の方針を受けて、現在は音楽時間の40%が、”国楽”に充てられ、その指導ができる教師が20%いるという。”国楽”の学習は3年生から始まり、伝統楽器の太鼓やドラム等を打つことからスタートする。

又、中学校の音楽の授業時間は、1年生が68時間(約1週2時間)、2・3年生は34時間(約1週1時間)である。入試重視のため時間が短縮されたり、音・図・体の中から1科目を選択されるといった状況に直面していることも合わせて報告があった。

佐々木晴代氏からは、子どもNPO(2003年7月〜)と名古屋市立片平小学校(2004年10月〜)、露橋小学校(2005年7月〜10月)の部活動でオカリナ指導をした様子が映像を通して紹介された。調査からわかったことは、子ども達はオカリナの音色に対して「きれい」「やさしい」「落ち着く」等、の感じをもっていること、又、彼らのオカリナ学習の意義の一つとして、楽器を通して年齢の上下の児童が親しくなったこと、大人等と一緒に吹くことにより、地域住民とのつながりや人間的コミュニケーションが広がったことである。

パク・ボン・ギュウ氏からは、韓国オカリナの成り立ち、パク氏のオカリナとの出会い、韓国におけるオカリナ普及、韓国の楽器製作所、代表的な演奏者、学習者の実態が報告された。それによると、韓国にオカリナ文化を持ち込んだのは野村宗次郎であり、特に1988年のオリンピックの前夜、テレビを通して演奏したオカリナの音色は、韓国の人々に深い感銘を与えた。その後インターネットを通して急激な発展をみせ、20〜30歳代の若者の格好の楽器としてマスメディアを通して全土に広がった。学習者は、全体の4割は男性で、会社員、学生、教師、自営業、主婦(14%)等、様々な職種である。(ちなみに日本における学習者は、50〜60歳代が多く、そのうち男性は3割、主婦の占める割合は50%でもある)。又、この2・3年の間に質のよい楽器が作られるようになり、”Nobel”オカリナ社を始め40くらいのメーカーが生産を手掛けているが、需要に追いつかないという。2005年にはオカリナ愛好家の会「韓国オカリナ音楽協会」が設立すれるなど、オカリナ熱が盛り上がっている。  又、学校教育においても、多くの学校が部活動としてオカリナを取り入れており、近い将来、小学校や大学の正規の音楽の授業にも入り込むのではないか、と予想される程オカリナ人口増の実態が報告された。

最後には、韓国オカリナ合奏団による彼らの伝統的な歌「ふるさとの春」「アリラン」等の演奏があり、1時間30分の全プログラムを終了した。


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